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何者でもないかのようにふるまう

思えば逃げてばかりの人生だった気がする。

 

とにかく家は居心地の良いものではなかった。常に人格否定の言葉が飛び交うとんでもない空間だった。

 

私は私の価値観をとても大切にしていて、それを無視して別の価値観を押し付けられることに不寛容だった。逆に相手の価値観には一定の理解を示すことは得意だった(どうでもよかったので)

 

故に家出をするように千葉の大学へ進学した、無論一人暮らしをするために。

 

やりたいことは化学、だと思っていたが当時憧れを持っていた教師に対して認められたいという思いがあって必死にやっていただけということに気が付いて急に虚無くなってやめた。

 

結果退学、当然の結果だった。

 

実家から逃げることに精いっぱいになっていてその先のことなどまるで考えていなかったのだ。頭がそのことでパンクしていた、良好な関係を築けるチャンスもあったかもしれないのに。

 

パンクした頭をようやく修理して膨らませ始めたら自分には特に何もやりたいことがなく、また新しくやりたいことを見つける気力も残っていないことがわかってきた。

 

毎日10時間ほどやっていたゲームも最早やる気力がない。新しいものにも興味がわかない。

 

毎日炬燵に入って外を眺める日々が続いている。このまま人生が終わってしまえばいいのにと思っている。

 

人と触れ合うことを考えると寒気がしてくる。分厚い偽りの仮面を被ることはとうの昔に諦め、友達は数えるほどもいない。

 

それでもたまには将来のことを考え、一から自分自身を育てなおすことも考えてみるのだがどうもうまくいかない。

 

予定を詰め込んでも全てをドタキャンしてしまう。身体がまるで動かない。

 

守りたいものもやりたいこともないのだからそれは当然のことで、それさえあれば理不尽にも立ち向かっていけるのだろうなという気はしている。逃げてばかりだったのも戦う理由がなかったからだ。

 

そろそろ人生を終わりにしたい。これから状況は悪化の一途を辿るだろう。まだやり直せる(私から見たらもう完全に終わっているのだけれど)と言ってくれる人もじきにいなくなる。

 

とはいっても最後の一歩踏み出すことは容易ではない。1度失敗していることからも体感している。

 

死の間際で「生きたい」と、普段隠れている生存に対する欲求がドバドバと出てくる。

 

これを克服するのが目下の目標で、チャンスがあればこれからもやっていこうと思う。

 

やっていきましょう。